日本でミシェル・ポルナレフが有名になったのは1971年に発売した「シェリーに口づけ」が、歌謡曲に混じってオリコンのベストテンに入るほどの大ヒットになったからだった。
さらに1972年に発売された「愛の休日」も「シェリーに口づけ」を上回るヒットを記録し、アマチュア時代のユーミン(荒井由実)にまで大きな影響を与えたという。
松任谷由実は日本文化研究の第一人者である松岡正剛との対談で、多くの人々が指摘している詩の世界における独特の浮遊感について、こんな言葉を交わしていた。
松任谷 G(重力)感覚ということで言えば、笠井潔さんが「中央フリーウェイ」について書いてくださいましたが、荒井由実時代の曲には特に浮遊感があるらしいです。私自身は、何の哲学も持たずにつくっているのですけれど。
松岡 いや、あるでしょう。無意識なのかもしれないけれど、言葉が出る瞬間や曲に乗るところ、上がっていく声には確実に浮遊感がありますよ。それはユーミン哲学だと思いますけどね。そういったものは何かが原体験になっているのですか。
松任谷 原体験などという大層なものではないのですが、ミッシェル・ポルナレフに「ホリデイ」という曲がありますよね。あれは空から教会や畑を見ているという内容の歌なんですが、あの曲に衝撃を受けて、俯瞰を手に入れたというところはあります。そういうアングルの歌は日本語の曲にはなかったから。
「ホリディ」の作詞者として記されているのはジャン・ルー・ダバディという名の作家で、映画の脚本家としても『パリジェンヌ』(1961)、『私のように美しい娘』(1972年)、『夕なぎ』(1972)、『友情』(1974)、『ありふれた愛のストーリー』(1978)、『ギャルソン』(1983)などを手がけている。
音楽ファンにとってはスティーヴィー・ワンダーがサウンドトラックを手掛け、主題歌「心の愛(I Just Call to Say I Love You)」が第57回アカデミー歌曲賞と第42回ゴールデングローブ賞 主題歌賞を受賞したアメリカ映画「ウーマンインレッド」の原作者として知られる。
ポルナレフの作品のほかにも作詞ではジュリアン・クレールやミッシェル・サルドゥー、ジュリエット・グレコ等に作品を提供し、2006年にはフランス著作権協会(SACEM)からシャンソン作家大賞を授与された。
彼の代表作といえば、フランスを代表する名優ジャン・ギャバンが70歳の時に吹き込んだ「Maintenant je sais」が挙げられる。
それは人生の終わりを迎えた男の感慨を、おもに語りを中心に綴った作品で、1974年に大ヒットしている。
人間の営みを俯瞰して見ているという意味においては「ホリディ」の歌詞もまた、神のような特別の視点で描かれていると言えないこともない。
ホリディ、ホリディ
飛行機の影が海をとらえる
砂漠の前ぶれような海
海はなんて低いのだろう
ホリディ、ホリディ
広い空 たくさんの雲
君の歳では分からないだろうが
人生は君を疲れさせる
死ははるか遠く
ホリディ
こうした含みのある歌詞に対応するポルナレフのメロディ、そして最初から最後までファルセットで歌われるヴォーカルが、さらに幻想的な印象を与えることになった。
ドラマティックでいて静かな余韻を残す美しい曲・・・、これぞ担当ディレクターだったCBSソニーの高久光雄が名付けたコピー、「ロックとロマンの出会い」そのものだったのである。
それが日本に住む少女の鋭い感性を刺激し、共振したことによって「ひこうき雲」や「恋のスーパーパラシューター」といった、それまでの日本になかった視点の歌詞が誕生してきた。
「ホリディ」という楽曲が持っている文学性と音楽性、そして歌手による演劇的な表現という三位一体のマジックを、素直に自分の作品に昇華した時点において、ユーミンは天才だったと言えるだろう。
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