写真・佐藤秀明
作家の片岡義男が”lonesome” とは何かについて英語で教えられたのは、まだ子供の頃のことだったと最新のエッセイで述べている。
そこにいるのは自分だけで他に人のいない状態を寂しいと言うなら、それはlonesomeだよと、英語で説明されたのは僕が六歳くらいのときだ。この説明を聞いて lonesome はよくわかったが、自分では使うことのない言葉だろうな、という思いもすでにあった。
(片岡義男LONESOME COWBOY・風がそこに吹いている」Coyote No.66 Switch Publishing)
大人になるにしたがって片岡はカントリーの名曲や、エルヴィス・プレスリーのヒット曲などによって”lonesome” を理解していったという。
1957年に映画の世界に進出したエルヴィスは2本目の主演作「さまよう青春」で、挿入歌として「Lonesome Cowboy(ロンサム・カウボーイ)」を歌った。
しかしエルヴィスが歌う”lonesome”が世界的に有名になるのは、2年間の陸軍生活を終えてドイツから帰国した1960年の晩秋からだった。
カントリーの聖地と呼ばれたナッシュビルのミュージシャンたちと行ったレコーディングで、4月にまとめてセッションした楽曲のなかにあった「ARE YOU LONESOME TONIGHT? (今夜は一人かい?)」が、11月になってシングルで発売されると大ヒットしたのである。
アメリカでは12月から1月にかけて6週連続で全米No.1を記録し、イギリスでも1961年1月26日から4週間トップの座についた。
そして女性歌手やヴォーカル・グループによって、「Yes, I am Lonesome Tonight」といったアンサー・ソングも数多く生まれた。
この歌がそれだけの大ヒットになった要因のひとつは、中盤に挿入されたエルヴィスの長い”語り”が、女性ファンにとても効果的だったからと言われていた。
そのせいか、英語が理解できない人が多かった日本では、さほど人気が出ないままに終わっている。・
エルヴィスがカントリーの名曲「Just call me lonesome(ジャスト・コール・ミー・ロンサム)」を、ナッシュビル録音でカヴァーしたのは1967年のことだ。
当時のエルヴィスはマネージャーの方針で映画だけの世界にこもって、雲上人のような生活をしていたことから、さしもの人気にも陰りが出て先行きが不安視されていた。
ハリウッド映画の世界には自分の居場所がないと悟りつつあったエルヴィスは、深まる孤独のなかでふたたび音楽活動に軸足を移そうと動き始めていく。
その成果が翌年には実を結んで、背水の陣で挑んだテレビの特別番組「カムバックスペシャル」で大成功をおさめたことによって、音楽シーンに返り咲いて完全復帰を果たしたのだ。
日系二世を父として岩国に生まれた片岡は、少年期にハワイに在住して当地で教育を受けた。
早稲田大学在学中の1960年代の初頭から、『マンハント』や『ミステリマガジン』などの雑誌でライターとしての活動を開始し、エッセイ、コラム、翻訳などを発表し始める。
同時にテディ片岡名義でも、ジョーク本やナンセンス小説を手掛けていた。
評論の分野では1971年に三一書房より『ぼくはプレスリーが大好き』を刊行し、同じ年に出た評伝の「エルビス」を翻訳したこともあって、映画ファンや音楽ファンから注目される存在になっていく。
そして小説を書くようになってからは、自分では使うことのないと思っていた ”lonesome” をカタカナにして、1975年に出版した短編小説集のタイトル「ロンサム・カウボーイ」に使用した。
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そのようにして世に出た単行本の『ロンサム・カウボーイ』に出会ったのが、3年間のアメリカ暮らしを切り上げて、ニューヨークから日本に帰ってきた写真家の佐藤秀明だった。
「ここに書かれていることがすごくよくわかった。懐かしい話だなあと。自分の見た風景が見えてくる。ネヴァダの方をずっと旅したことがあるんですよ。その時の風景がここにたくさん書かれているじゃないかと」
1943年6月27日に新潟に生まれ育った佐藤は日本大学芸術学部写真学科を卒業した後、フリーのカメラマンになって1967年6月に米国へ渡った。
それから3年間はニューヨークに住んで、昼間に街や人を撮り歩き、夜はアルバイトという生活をしながら写真を学んだ。
日本に帰国してからはサーフィン雑誌を中心に活躍し、波を追いかけて旅をしながら仕事をする一方で、北極、アラスカ、アフリカ、チベット、ポリネシアと、世界の辺境で自然と人間と文化を撮影してきた。
近年は日本の雨の風景などにも取り組んで、作詞家の阿久悠との共著で「路地の記憶」という本も出している。
『ロンサム・カウボーイ』の版元だった晶文社が、オリジナル・デザインのまま復刊したのは初版から約40年の時を経た2015年だった。
そのときの告知に、こんな惹句が付してあった。
夢みたいなカウボーイなんて、もうどこにもいない。でも、自分ひとりの心と体で新しい伝説をつくりだす男たちはいる。長距離トラックの運転手、巡業歌手、サーカス芸人、ハスラーなど、現代アメリカに生きる〈さびしきカウボーイ〉たちの日々を、この上なく官能的な物語として描きだす連作小説集。
佐藤は自分が撮った写真を整理していたときに、片岡の『ロンサム・カウボーイ』に写真も気持ちもだんだん近づいていくのがわかってきたという。
それで片岡と食事をした時に、「ロンサム・カウボーイをちょうだい」と言った。
すぐに「いいよ」という返事が返ってきた。
「(ロンサム・カウボーイ)の気持ちをね。テーマとして。ぼく自身がロンサム・カウボーイになって撮ろうと思った。
そうしないと写真は撮れないから」
それが1年後の10月になって大判の写真集『LONESOME COWBOY』として刊行された。
自分ひとりの心と体で新しい伝説をつくりだす男たちは、21世紀の日本にもまだしっかり生きている。
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関連書籍
佐藤秀明(著)LONESOME COWBOY(立読み版)
https://r.binb.jp/epm/e1_90056_28092018115746/
佐藤秀明 写真集『LONESOME COWBOY』特設ページ
https://kataokayoshio.com/lonesome-cowboy-again
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